ターンアラウンドと言うが、その目的は何だろうか。
人間は誰しも自分は賢明と考える生き物だが、意外と目的と手段を混同することが少なくない。以下では、そういう見地から、基本的な問いを発してみたいと思う。
宇宙の広大さに鑑みると、我々の意思が及ばない変化が次から次へと起こるのは、当然と受け止めるべきだろう。我々に課された大テーマは、こうした外生的な変化にどう適応していくかだ。適応に失敗した種は、遅かれ早かれ死滅するほかない。
生命体は、ここで幾重にも存続を図る手段を発達させてきた。マクロレベルでは、遺伝子の組み換えを行って、多様な新種を絶えず生み出している。その下のレベルでは、老朽化した細胞を自殺させ、それに代わる細胞を絶えず生み出している。さらにミクロのレベルでは、細胞内で不要となったタンパク質をアミノ酸に分解し、タンパク質の組み替えを絶えず行っていると言う。
企業で言えば、アミノ酸に相当する基本構成要素は、ヒトとカネだろう。展望を失った部門・部署を解体したり、行き詰まった企業を清算するには、それなりの痛みを伴うが、そこで生み出されたヒトとカネは、新たな組織体を構成する要素として再利用されていく。そして新たな挑戦が始まるのだ。これは、投資家が評価損を抱える株式を現金に替え、より成長余力のある銘柄に投資することで挽回を図る「損切り」と同じ図式だ。細胞が不要となったタンパク質に解体指示書のようなタグをつける機構はまだ分かっていないようだが、企業の場合は、投資家が損切りに出ることで紙切れと化していく株が、解体指示書に等しいと言ってよいだろう。
アメリカは、こうしてパンナムを解体し、その跡地にサウスウェスト航空やジェットブルーに代表される競争力のある航空会社をいくつも生み出してきた。これらは、同じ航空会社と言うものの、パンナムとは似ても似つかない企業だ。同じように、RCAやDECもヒトとカネに還元され、新興企業が育つスペースと、新興企業を構成する素材を提供する道を辿った。
アメリカと言うと、ベンチャーの成功ばかりが注目を浴びるが、そこにヒトとカネを供給する仕組みがあることを忘れてはならない。日本にはなぜかベンチャー企業が育たないと嘆く声を耳にするが、問題の本質は解体される企業の不足にあるのではないだろうか。何かしらの技能を身につけたヒトと、挽回を期すカネが自由に出回って、日の当たるスペースさえ与えられれば、日本も捨てたものではないかもしれない。
ターンアラウンドと言うと、これを善と信じてやまない論調ばかり目立つが、本当にそうだろうか。その目的は、どこにあるのか。
今月の視点 問題の本質は解体される企業の不足
問題の本質は解体される企業の不足
神戸大学大学院経営学研究科 教授
三品和広氏






