リーマンショックや最近の円高などにより、製造業の中小企業が苦境に追い込まれるなか、ピンチをチャンスに変えて急成長を遂げているのが、部品メーカーの株式会社industriaだ。
いかにして瀕死の状況から脱し、成長路線へ転換したのか。
その軌跡を探る。
下請け町工場から 自社ブランド商品を展開する グローバル企業への脱皮
下請け町工場から 自社ブランド商品を展開する
グローバル企業への脱皮
高橋一彰(たかはし・かずあき)
1995年大学卒業後、大阪のシステム会社に就職。1998年埼玉に戻り、株式会社タカハシ入社。自社ブランドindusriaを立ち上げ、2007年社長就任。社長就任後、売上を5倍、利益を300万円から3,500万円と10倍以上に伸ばす。
株式会社 industria
代表取締役社長
高橋一彰氏
職人の技をブランド化し産業界の“ルイ・ヴィトン”を目指す
――入社した当初、会社の状況は悪化していたそうですが、原因は何にあったのでしょうか?
高橋 入社した当時、うちの会社は従業員5名で、父が社長兼職人、母が経理を行う、家族経営の小さな町工場でした。原子力発電や火力発電、分析危機の精密部品加工を行っており、仕事の99%を1社に依存している状態。受注先が合併したことなどを契機に仕事は急減していました。経費削減のため、工場を移転するといった対策を行ったものの、売上は右肩下がりで経営は悪化するばかりでした。私は大阪でシステム会社に勤務していましたが、親から戻ってきてほしいと言われ、会社の立て直しに乗り出しました。
――経営を立て直すため、何から始めましたか?
高橋 私が会社に入って驚いたのは、父や職人たちの技術の高さとモノづくりに対するこだわりの強さでした。この素晴らしい技術力こそ、うちの企業の宝なのではないか。この技術力をブランド化し、世に広めていく活動をしていけば、仕事も必ず入ってくると自信を持ちました。
「産業界のルイ・ヴィトンを目指そう」という目標を掲げ、まずはそれにふさわしいブランド名が必要だと考えました。そこで当社の優れた技術力を表現するブランド名として「industria(インダストリア)」と名づけました。industriaと入った名刺を作り、今まで当社で製作したあらゆる商品をカバンに詰めて、高い技術力が武器の企業であることを知ってもらうため、大手メーカーに営業攻勢をかけました。
営業で各社を回っている際、あるメーカーからこんな相談を受けました。「御社の技術力があれば、私たちが求めているバルブを作れるのではないか」。メーカーの要望を詳しく聞き、何度となくバルブの試作品を作り、その結果、完成したのがブランド第一号商品となった「industriaバルブ」です。
こうして多くのメーカーを営業で回るごとに、「こんな商品は作れるか?」という宿題をいただき、私たちの技術力を活かしてそれに応えていくことで、商品ラインナップが増えていき、売上が回復。最悪期を脱することができました。
大手自動車メーカーの受注に成功 ブランドが浸透し急成長
――その後、急成長のきっかけとなったのは何ですか?
高橋 急成長のきっかけとなったのが、フィルター交換作業が不要の産業用フィルター「エレメントレス・フィルター」の開発です。工場で使っているフィルターはすぐ詰まってしまい、何度もフィルター交換をしなくてはならず、コストもかかり、産業廃棄物も出て困っていました。そこで父がフィルター交換のいらない、水の流れを利用してろ過できるフィルターレスのフィルターを作って、うちの工場で使っていたのです。
それを見た私は「これは売れる!」と確信しました。他の工場でもフィルター交換の費用や手間に悩まされていたからです。自信のある商品だったので、大手自動車メーカーにはじめに購入してもらおうと考えました。そうすれば「industria」の名が一挙に広まるはずだと。
――すんなり受注できたのでしょうか?
高橋 はじめは名もなき中小企業のため、アポイントもとれず、門前払いでした。なんとか社員の気に留めてもらえるよう、商品のデモンストレーションを行うなどして、当社の存在を知ってもらい、やっと担当者にアポイントをとることができました。
そこからがまた大変でした。相手が求める品質レベルは世界に通用する最高水準。相手の要望を聞き、何度も改良を重ねていきましたが、受注にはなかなか至りません。そこで社内からは「大手自動車メーカーから受注するなんてうちのような町工場では無理だ。大手はあきらめてフィルターを中小企業から売っていけば売上は伸びる」と反対されました。
でも私はあきらめることができません。何としても大手自動車メーカーから受注をとろう。それが当社の飛躍的成長につながるはずだと。ここで妥協したらいつまでも小さな町工場のままで終わってしまうと。
これまでにない高い品質を実現するのは簡単ではありませんでしたが、試作を重ねていくなかで、当社の技術力はさらに磨かれていきました。結果、10カ月後に受注。すると大手自動車メーカーの関連企業も採用してくれることになり、フィルターが飛ぶように売れ、急成長を遂げることができました。
メイドインジャパンにこだわり中小企業自ら技術力を世界に発信していく
――日本の製造業復活に必要なことは?
高橋 自動車メーカーへのフィルターが主力製品となったため、2008年のリーマンショック直後は、売上がかなり減りました。その後は少しずつ売上は回復してきたものの、最近では円高が続いており、厳しい環境にあります。このピンチをチャンスに変えていかなくてはならない。これから先、当社が生き残っていくには、日本企業だけを相手にするのではなく、海外に進出し、自ら技術
力の高さをアピールしていくべきではないかと考えました。
コスト競争のため日本の工場の海外移転が進んでいますが、海外からは日本のモノづくりの素晴らしさを高く評価する声は非常に多い。そこで当社はあくまで工場は日本に置き、職人の高い技術力を武器に海外にアピールすべく、韓国、香港、インドネシアに海外営業所を設置。日本だけでなく世界から仕事を受注できる体制へと転換しました。
日本の中小企業は世界に通用する高い技術力を持っています。しかし技術を持っているだけでは売上は上がりません。その素晴らしい技術力をブランド化し、中小企業自ら世界にその存在を知らしめていけば、必ずや日本の製造業は復活できると確信しています。






