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お宅の会社、繁盛させます! 顧客と二人三脚で売り上げ拡大

お宅の会社、繁盛させます!
顧客と二人三脚で売り上げ拡大

お宅の会社、繁盛させます! 顧客と二人三脚で売り上げ拡大
伊藤景一郎(いとう・けいいちろう)
東京都出身・イトーヨーカドーで5年間勤務した後、伊藤景パック産業に入社。商品の開発から売り出しまで支援する繁盛サポート部を発足させる。1997年に47歳で社長就任後は、繁盛サポート部をデザート生活デザイン研究所に組織改編。百貨店の菓子売り場定点観測などをまとめたニューズレターは、菓子業界のトレンドを知る貴重な資料となっている。現在はデザインに優れた和テイストの紙食器「WASARA」を製造する新会社を発足。ヨーロッパを中心とした海外で高い評価を集めている。

伊藤景パック産業株式会社
代表取締役社長 伊藤景一郎氏

東京・合羽橋に本社を構える伊藤景パック産業は、
1910(明治43)年創業の老舗企業。

大八車を押して箸を売り歩いていた個人商店は、菓子専門店から大手コンビニエンスストアまで、デザートパッケージ全般を手掛けるメーカーに成長した。

取引先の繁盛を第一に考え、菓子店と共同で「売れる商品開発」に取り組む。

受注型営業とは一線を画したセールスで売り上げを伸ばしてきた。

創業から変わらない信条は「世を益し、我また利す」。

三代目を担う伊藤景一郎社長に、百年続く商いのコツを聞いた。

1億円商品の開発に根ざすのは3代続く顧客主義の精神

――創業時は経木や割り箸を取り扱っていたそうですね。

伊藤 祖父が17歳のとき吉野の箸倉庫を買い占めたのが当たり、一時期は日本で一番儲かった箸問屋として雑誌にも取り上げられました。顧客である仕出屋や料理屋が忙しければ手伝ったり、店先の掃除なども引き受けていたそうです。アイスキャンディー棒の製造も始め、その縁で菓子箱など、パッケージ業務を手掛けるようになりました。また、2代目社長だった父は85%の予約を受けると、115%まで製品を確保するというサービスを考案し、問屋さんに大変喜ばれました。

 祖父も父も、商売はもちろん、顧客が喜ぶためには何ができるのか考え、自然に行動に移していましたね。

――3代目となる伊藤さんは「繁盛サポート部」というユニークな営業を考案されました。

伊藤 伊藤景パック産業に入社した当初は、それまでいたイトーヨーカドーとの営業スタイルの違いに驚きました。もみ手にヨイショで注文をもらう営業に、威張って注文を出しているけれどあまり勉強していない菓子店。「このままじゃ危ないな」と感じ、尊敬できる菓子店の経営者に意見を聞いて回るようになりました。すると「お宅の営業なら商品とカタログを届けてくれれば済む。会わなくていい」と告げられたのです。大変ショックで、何が足りないのか悩みぬきました。

 パッケージの機能やデザインはもちろん重要です。しかし、それだけでは数ある取引先の中から伊藤景を選ぶ理由にはならない。メーカーである菓子店の経営者が望むサービスの根本とは、「繁盛できる店づくりのサポート」だと気付いたのです。

――どんな取り組みを始めたのでしょうか。

伊藤 とにかく手弁当で「お宅を繁盛させます」という活動を始めました。思いついたアイデアを大判用紙にまとめて菓子店に押し掛けて、「店を繁盛させるにはどうすべきか」を一時間半くらい辻説法したりしていましたね。社長である父に直談判して「繁盛サポート部」の設立にこぎつけました。

 メーカーが繁盛するのに一番大切なことは、拡大再生産することしかありません。そのためには売り上げをけん引するヒット商品が不可欠。売り上げが3億、5億、10億と膨らんでくると必ず利益が出てきます。そこで繁盛サポート部では、お客様に繁盛してもらうために、「1億円商品を作ろう」と決めたのです。年商5億円規模の顧客を巡り、商品開発を提案しました。10年間で29社と商品を開発し、ほとんどが1億円商品に育ちました。

受注型の営業スタイルを転換 取引先と対等なパートナーに

――1億円商品を育てるノウハウを教えてください。

伊藤 一口に菓子店と言っても、伝統を生かした菓子を作っていくのか、ライフスタイルに寄り添ったカジュアルな菓子づくりを目指すのか、その方向性は千差万別です。経営者の目指すベクトルを知り、菓子店のポジショニングを行うことが基本です。

 私たちは商品開発をお手伝いする前に、必ず二つの約束をします。一つは、新商品の売り出し前に全社大会を開催すること。もう一つは、菓子店の周辺を一軒一軒訪問するドアコール作戦の実施です。

 ドアコールでは新商品のサンプルと商品券、チラシを持って、店舗の半径500m以内の民家をくまなく訪問します。

 夏は暑く、冬は寒い。大変な作業です。でも、ドアコールを徹底すると必ず売れる。何よりも全社員で売った商品は、1億円から2億円、3億円へと成長し、その会社にとって欠かせない柱商品に育っていくのです。

――成功しても報酬は受取らないそうですが、なぜでしょうか。

伊藤 菓子店の商品が売れて、その商品のパッケージを繰り返し作り続けることこそが、私たちの収益になるからです。例えば、千葉県の菓子店では繁盛サポート部として飛び込み営業し、一緒に開発した菓子は4億円商品に育ちました。菓子店の売り上げは伸び、今では40億円を超える勢いです。当社で受注しているパッケージの売り上げもも7億円はあると思います。

 もう一つ、商品開発に取り組むことで私たちは「業者」ではなく、対等な商売の「パートナー」として扱われるのです。私は、繁盛サポートによって、パッケージメーカーの営業の立場を変えたかった。経営者に頼み込んで注文をもらうのではなく、同じ立場で、対等にビジネスできる営業に変えていきたかったのです。かつて裏口から入っていた菓子店に、正面の入り口から「待っていたよ」と堂々と招いてもらえたときはうれしかったですね。

現状に甘んじることなく企業価値を活かせる次のステージを探すべき

――デザート生活デザイン研究所発足の経緯を教えてください。

伊藤 社長に就任した1990年代は、決して順風満帆な時代ではありませんでした。売り上げが110億円の時期が10年間続きました。しかし、企業にとって横ばいは「維持」ではなく「衰退」。会社として、利益が上がらない体質になっていた。どうすれば生産性を高めていけるのか、悩む時期が続き経営書をたくさん読みあさりました。

 当社は菓子包装に特化してきた会社です。事業を広げるのではなく、デザートパッケージに専念してきた強みを生かす方向性で考えました。そこで繁盛サポート部をデザート生活デザイン研究所という形に刷新。研究・開発力の向上を図りました。さらに、研究成果を活用して、専門店の味を身近なデザートへ価値転換する新メニューを提案。今では菓子専門店のみならず、セブンイレブンなど大手コンビニエンスストアとも取引が広がりました。

――再生を目指す経営者に求められることとは何でしょうか。

伊藤 これまでやってきた業態で苦しくなったときでも、自社の商品価値を求める新たな企業群があるかもしれない。現状の取引先だけで諦めず、もっと自社の優位性を発揮できる新しいステージを探していくべきでしょう。閉じこもっていては何も変わらないですからね。